2012年12月10日

終の住まいについて考える(No117)

インターネットにこのようなタイトルの記事を見つけた。
興味があり読んでみると、成程と思えることや、自分には
こんな考え方はないナーと思えることなど。基本的にどこか
へ移り住みたいという考えが、私にはないから議論にはなら
ないのだが、只、男女の考え方の違いがどこからきている
のかを考えた時、“憧れが強い男性”に対して“現実的な
考え方をする女性”という構図が見えてくる。

団塊の世代を中心とするシニア層は、就職で地方から東京など
都会に移り住んだ人が多い。リタイア後は、故郷回帰と言い
ますか、自然豊かな環境の中で余生を送りたいと考える人も
多いだろう。自身の通勤や子供の通学などの制約される条件が
無くなることにより、田舎への定住も可能になるだろう。

物事には二面性があり、都会に住むにしろ田舎にしろ、プラス
・マイナス面、メリット・デメリットというものがある。
都会に住むメリットは一言でいえば便利だということ。通勤・
通学・通院・買い物・その他諸々を考えてみても田舎より
勝っているだろう。他方、デメリットと言えば、衣食住全て
に経費が高いことが挙げられるだろう。それに人間関係が田舎
に比べて希薄(プラスorマイナス?)、里帰りが大変(これは
私が娘のことで実感している)など。

一方、都会から離れた地域を田舎と呼ぶそうだが、確かに都会
に比べれば不便さは多いのは事実である。車がないと通勤も
買い物にも手間が掛かる。子供の進学や、色んなものの選択肢
が限られてくるなどが挙げられるだろう。メリットとしては、
緑が多く自然が豊かである。土地の値段が都会に比べたら安い
ので家賃・駐車場代や物価・人件費が安くなる。当然、収入も
少なくなるだろうから生活するのにどちらが住みやすいのかは、
私は都会の生活をしたことがないから比較ができない。

私の住んでいる鞍手町は、どちらかというと田舎の部類に
属する地域であろう。この地に家を建てて移り住んで40年
以上になる。実家も姉の家もすぐ近くにあり、いろんな面で
助けてもらった。この地に子供の頃から住んでいるので小学校
時代の友達とも半世紀を超す付き合いがある。人間関係を
はじめビジネスや生活の基盤がこの地にあり、今更、便利だと
はいえ知らない都会に移り住もうという考えは毛頭ない。

家人はというと、40年以上この地に住んでいても、馴染め
ないものがあるという。それは有形無形の“ムラ意識”だ
そうで、よそ者が入って行けない雰囲気というか、これは
外から入って来た者にしか判らないことだという。現役の
頃は出張が多く後半は長いこと単身赴任で出ていたから、
地域の人たちと交わることが少なかった。それでも、村の
出事や催し物にはよく参加してくれた。我が家では溝掃除は
夫、食べ事は私という風に、不文律が出来上がっている。
こんな家人でも都会に住みたいとは思っていないようだ。
住めば都ということであろう。

こんな私たちは、定住農耕民族の末裔なのかもしれない。
仕事を考えてもこの道一筋であるし、家人も基礎工事一筋で
あった。仕事も一つ、住まいも一つ、夫婦も一つ、いたって
シンプルなのだ。複雑な世間を渡って行くには、荷物は出来る
だけ軽くした方が楽なのである。こうやって文を書きながら今、
頭に浮かんだのは、転勤族の人たちはリタイア後はどこに住む
のだろうと。国内だけでなく海外にまで出かける人も珍しくは
ない時代である。

こんな話を読んだことがある。海外赴任の商社マンの夫に嫌々
ついていく奥さんの話である。場所はシンガポールだったと思う。
住まいは広くメイドからお抱え運転手まで付き、子供は日本人
学校に通わせ、同じ境遇の奥様たちとパーティ三昧。任期が
終わり日本に帰る時期になった時、現地と日本の都会の生活の
落差を思ったときに、あれほど来たがらなかったのに、思わず
「帰りたくない」。

これぞまさしく、“現実的な考え方をする女性”ではないだろ
うか。要は自分にとって一番落ち着けて住みやすい場所を、
終の棲家にすればよいのだろう。理想を言えばモレシャン夫妻
のように、パリと金沢を行ったり来たりがいいのかナ。家人は
寒がりになってしまったので、冬なしの,日本とオーストラリア
を往復するのがいいかもしれない。

posted by ochiyo at 14:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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