2014年07月10日

捜す時に無いのが捜し物 No.129

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 何気なく、YouTubeで井上陽水の“夢の中で”を聞いていた。最初のフレーズの「捜し物はなんですか 見つけにくいものですか」に私のセンサーが早速反応した。「最近、よくあるのよネ〜」 捜し物は携帯電話に始まって、鍵、書類、道具類etc、この他に言葉の意味や人の名前が出てこないなどという現象も現れてきている。

 「加齢による老化現象ですョ」と、言われれば反論の余地はないのですが、今そこに置いたはずなのに、あったはずなのにその場所にそれがないのです。品物に足が生えて飛んで行ったとしか考えられない物を探す羽目になるのです。歌のセリフのように机の中も、鞄の中も捜すのです。携帯電話のように動線を辿って行って見つかるものもあります。しかし、どうしてか指輪などは出てこない場合があります。諦めきれない気持ちを引きずりながら半ば諦めかけた頃に、台所のテーブルの上にポツンと現れるのです。「どこにあった?」という質問の答えに「一つしか持っていない者は大事に扱うから失くさない。沢山持っている者の驕りだ」ときつい一発が返ってきます。

 対策としては、車のキーは冷蔵庫のフックに掛けるなど、使った物は所定の場所に戻すということを反復練習して、自分の頭に叩き込むということをやっていかないと、いつまでたっても捜し物は無くならないのです。「若い頃はこんなことはなかった」と嘆いてもしかたありません。要は“原因と対策”なのです。原因は加齢と訓練不足だと考えます。これから年を重ねていく毎に、辛いことや、キツイこと、嫌な事、などから目を背けて生きていこうとしがちです。しかし、これらのしたくないことに対して、一つひとつに対応して訓練・鍛錬していくことが、ひいては自分に返ってくるのではないでしょうか。

 私はこの1年間直方ライオンズクラブの会長として、この職に携わってきました。自分の仕事も含めて忙しい毎日を過ごしてきましたが、一度として休みたいとか、嫌だとか、したくないとか思ったことはありませんでした。他人様と交わるため、身仕舞いを整え、姿勢を正し、挨拶など言葉遣いに気を付け、常に緊張感を以って事に当たってきました。このような生活はスケジュールなど約束事に時間が制限されます。約束を違えることが最もやってはいけないミスですから、仕事を終えた深夜に伝達事項や業務連絡、持っていく物、忘れてはいけないことなど明日の予定をメモするのです。こうして対外的にはパーフェクトな対応が出来ているのです。これも日頃の訓練の賜であると考えています。

 翻って私事となると、この反動なのか、自分に対して優しい性格のためなのか、忘れ物や捜し物が絶えないのです。普通は自分自身を厳しく律する方向に向かうのでしょうが、私の場合は連れ合いに頼ろうとするのです。役割分担の割合を向こうに多く割り振り、自分の荷物を軽くしているのです。そして、捜し物をする時には、連れ合いに聞こえるように「年だからネ〜、忙し過ぎるからナ〜」と自分自身に言い訳をするのです。これでは根っこまで枯らせない安物の除草剤と一緒で、効果はないのです。「これからはお互いをカバーし合って助け合っていこうネ」と言うと「七分三分の相互扶助というのはないでしょ。最低、自分のことは自分でしてください」至極真っ当な答えが返ってくる。考えてみると人相と根性が悪い以外は全てクリアーしているのだ。だからと言って、厳しくしないで。健康が取り柄の少々天然な女房を可愛いと思ってください。仲良くしようネ。
posted by ochiyo at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記