2014年07月23日

海の日に山へ No.130

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 連休の21日に10カ月ぶりに鷹取山に登った。6月一杯でライオンズの会長職も終わり、残務整理も一段落した頃の久しぶりの連休であったから、有効活用しようと、最近できなかった山登りに行こうとなった。前夜は家人とゴルフの全英オープンを見たために、寝るのが夜中の2時を大幅に過ぎてしまった。

 12時出発の予定で10時起床である。弁当の準備は全部貴方任せ。私は自分の日焼け対策だけをやればいい。登山靴もチャンとベランダに干してある。弁当におかずと飲み物をリュックに詰め込む段になって、自分の分は自分のリュックに詰め込むのが普通であろうが、飲み物は重いのでチャッカリ彼のリュックへ引っ越し。戸締りを確認してイザ出発。

 約40分ほどで福智山ダムの駐車場に到着。いつもであれば下の内が磯ダムの駐車場に停めるのであるが、久し振りというのもあって上の駐車場である。登山道に入って気が付いたのであるが、足元が妙に悪いのである。一つには森林業者がヒノキの伐採を行っていて、そこここに丸太が積み上げてある。その材木を運搬するための重機のキャタピラーで道路が泥んこなのだ。それに平地では全く雨は降ってないのに、山だけ降ったのであろうか、普段はせせらぎなのに水の流れが激しい。搬出路の近くは足の踏み場もないほど荒れていて、靴が泥だらけになってしまった。

 薙野の休憩所までは足が重かった。完全に体が登山のことを忘れている。休憩所に到着。
4月9日にベンチの設置作業で登って以来だから、もう3カ月にもなる。ピカピカだったテーブル・ベンチも風雨に晒されて少しくすんで見える。イタズラ書きなどを心配して来たが無用であった。タオルで埃などを拭き上げる。可愛い我が子のようなものだ。特別の愛着がある。ここに登って来る度に、私が直方ライオンズクラブの会長として手掛けた事業を思い出すであろう。私が元気で山登り出来る間は作り変えることもないだろう。休憩所を出て雨で湿った滑りやすい急坂を注意しながら通り過ぎ、熊笹を過ぎれば上野越えだ。この交差点を左折すれば福智山、直進は上野焼の里、右に曲がれば10分で鷹取山山頂である。ここまでは先導されて待ってもらいながら登って来るのであるが、ここから山頂までは私が先頭になって登っていくのが恒例となっている。先陣切って一番乗りを目指している訳でもないし、婦唱夫随を自慢したい訳でもないのに。案外、急坂をカメさんで登るのが格好悪いのでここでエエ恰好(格好とも書く)するために頑張っているのかも。

 山頂に到着。早速、礎石に腰かけてお弁当を開く。私から味付けが「辛い」と言われるのが嫌で気を使って作ってくれるせいか、オニギリもおかずも頃合いの味加減である。オニギリを頬張りながらの会話。「今年はまだ鶯の鳴き声を聞いたことがないのョ」「それは貴女が忙し過ぎて耳を傾ける余裕がなかったからですョ」とピシャリ。毎年、我が家の庭で聞いているウグイスの鳴き声は、最初は「ホ〜」後を早よう続けんかいと、叱咤激励したくなるほど音痴なのに、師匠の教え宜しく訓練を経て「ホーホケキョ」と上手にさえずるようになった鳴き声を聞くと、「いずこのアヤメ カキツバタ?」「華人?深窓の麗人?」などと、声はすれども姿は見えぬ相手に対して、艶やかな見返り美人を想像してしまう。

空を見上げると精霊トンボと呼ばれる赤とんぼが沢山飛んでいる。周りに目を凝らすとモンシロチョウや揚羽蝶も飛んでいる。耳を凝らすとチーチーゼミや油蝉の声も聞こえてくる。最近の私にはこのような自然現象が、見聞できないほど忙しかったのか。今更ながらヘレンケラー女史の「見える目を持ち、聞く耳を持ち・・・」という言葉が思い出される。山頂で写した写真をパソコンに取り込んで見てみると、気のせいか顔が丸く写っている。密かにヘルスメーターにソッと乗ると、ゲゲッ、体重が?Kg増えているではないか。この暑い夏場に食欲旺盛だったもんな〜。これ位で済んだことをヨシとしなければ。

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2014年07月10日

捜す時に無いのが捜し物 No.129

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 何気なく、YouTubeで井上陽水の“夢の中で”を聞いていた。最初のフレーズの「捜し物はなんですか 見つけにくいものですか」に私のセンサーが早速反応した。「最近、よくあるのよネ〜」 捜し物は携帯電話に始まって、鍵、書類、道具類etc、この他に言葉の意味や人の名前が出てこないなどという現象も現れてきている。

 「加齢による老化現象ですョ」と、言われれば反論の余地はないのですが、今そこに置いたはずなのに、あったはずなのにその場所にそれがないのです。品物に足が生えて飛んで行ったとしか考えられない物を探す羽目になるのです。歌のセリフのように机の中も、鞄の中も捜すのです。携帯電話のように動線を辿って行って見つかるものもあります。しかし、どうしてか指輪などは出てこない場合があります。諦めきれない気持ちを引きずりながら半ば諦めかけた頃に、台所のテーブルの上にポツンと現れるのです。「どこにあった?」という質問の答えに「一つしか持っていない者は大事に扱うから失くさない。沢山持っている者の驕りだ」ときつい一発が返ってきます。

 対策としては、車のキーは冷蔵庫のフックに掛けるなど、使った物は所定の場所に戻すということを反復練習して、自分の頭に叩き込むということをやっていかないと、いつまでたっても捜し物は無くならないのです。「若い頃はこんなことはなかった」と嘆いてもしかたありません。要は“原因と対策”なのです。原因は加齢と訓練不足だと考えます。これから年を重ねていく毎に、辛いことや、キツイこと、嫌な事、などから目を背けて生きていこうとしがちです。しかし、これらのしたくないことに対して、一つひとつに対応して訓練・鍛錬していくことが、ひいては自分に返ってくるのではないでしょうか。

 私はこの1年間直方ライオンズクラブの会長として、この職に携わってきました。自分の仕事も含めて忙しい毎日を過ごしてきましたが、一度として休みたいとか、嫌だとか、したくないとか思ったことはありませんでした。他人様と交わるため、身仕舞いを整え、姿勢を正し、挨拶など言葉遣いに気を付け、常に緊張感を以って事に当たってきました。このような生活はスケジュールなど約束事に時間が制限されます。約束を違えることが最もやってはいけないミスですから、仕事を終えた深夜に伝達事項や業務連絡、持っていく物、忘れてはいけないことなど明日の予定をメモするのです。こうして対外的にはパーフェクトな対応が出来ているのです。これも日頃の訓練の賜であると考えています。

 翻って私事となると、この反動なのか、自分に対して優しい性格のためなのか、忘れ物や捜し物が絶えないのです。普通は自分自身を厳しく律する方向に向かうのでしょうが、私の場合は連れ合いに頼ろうとするのです。役割分担の割合を向こうに多く割り振り、自分の荷物を軽くしているのです。そして、捜し物をする時には、連れ合いに聞こえるように「年だからネ〜、忙し過ぎるからナ〜」と自分自身に言い訳をするのです。これでは根っこまで枯らせない安物の除草剤と一緒で、効果はないのです。「これからはお互いをカバーし合って助け合っていこうネ」と言うと「七分三分の相互扶助というのはないでしょ。最低、自分のことは自分でしてください」至極真っ当な答えが返ってくる。考えてみると人相と根性が悪い以外は全てクリアーしているのだ。だからと言って、厳しくしないで。健康が取り柄の少々天然な女房を可愛いと思ってください。仲良くしようネ。
posted by ochiyo at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記