2014年03月14日

この1年間ブログを休んだ反省と言い訳 No.122

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- - - - - - - - - - - - - - - - 「 向野市長を囲んで 」- - - - - - - - - - - - -

タイトルだけを書いてしばしパソコンの前で固まっている。1年と言う長きに亘ってブログをサボって、書き出しを何と書こうかと考え込んでいるのである。

 スマして季節の挨拶からいくのか、起承転結からいくと、始動のキッカケや心境の変化から書き始め、文が書けなかった理由や状況に移り、それではどうすれば続けていくことが出来るのか、自分とブログの関係を綴ってこれで結ぶのか。

 ずっとブログのことは気になっていた。文章は全く書かないのかというとそうではない。他では四六時中と言うくらい文は書いている。そして、それ以上に行動している。この書くことも行動することも今の私にとって重たい荷物である。これを背中に背負ってブログの入った手提げ袋を手に提げて動き回っていたのである。いつの間にかこの手提げ袋は置いてけぼりにされてしまい、忘れられた存在となってしまった。

 最近、何人かの方からブログのことを聞かれ、恥ずかしい思いをした。言い訳の言葉を考えるのなら、文を考える方が楽ではないかと考えるに至った。ただ、ライオンズの会長職があと4カ月残っている。まだまだ忙しい身である。ならばどうするのかを考えた時に、どうも私はブログに対して固定観念が強すぎたのではなかろうかと思った。ブログとはこうあるべきだ、このような長さでこのような文を書かなければというような、自分で決まり事を作り上げ、自縄自縛に陥っていたのかもしれないと気付いた。目から鱗である。日本一短い感謝状でいいのだと思えば気が楽になる。要は型に嵌め込む必要がないのだ。写真ばかりのブログもあり、短文あり、新聞や本からのコピーに自分の感想を添付するなど、やり方は幾通りもあるのだ。

 それにこの8カ月に書いてきた文章から抜粋してくればストックができる。この中には会長挨拶あり、産まれて初めての弔辞ありエッセーありでバラエティにとんでいる。それを時系列で挙げていきながら、いつものペースに戻っていけばいい。今は確かにブログは重荷かもしれない。しかし、継続していくことによって、人生の楽しみとなりさらに生きてる証しとなるかもしれない。

 ここまで書いてホッとしている自分がいる。置き忘れた手提げ袋を取りに戻って袋を開き、これまで書いてきたブログを開いて、懐かしさを噛み締めながら読んでいる自分がいる。長い時間を掛けて書き溜めてきたこの文章たちは、産みの苦しみを経てこの世に出てきた愛しい我が子のようなものかもしれない。それと同時に、ここは丁度、母親の腕の中のように暖かく、フワフワしてとても居心地の良い空間なのだ。やはり私は文章を書いていくことを楽しみとしなければならないと強く感じる。
posted by ochiyo at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記