2012年11月22日

今日は何の記念日(No115)

お店の開店準備をしていて、リモコンを操作してカラオケの
モニターを点けた時、いつもなら気にも留めない画面の
テロップに“禁煙の日”というのが流れた。何日だろうと
見ていると22日禁煙の日と出た。してそのこころは?と
見ていると、数字の「2」を白鳥(スワン=吸わん)に
見立て「22」で「吸わん吸わん」との語呂合わせからと
流れてきた。

11月22日には「良い夫婦の日」というのが一般的に
知られている。他に何かないかと調べてみるとあった。
“ショートケーキの日”というのが。これは一捻りも二ひねり
もしてある。クイズに出てきても正解はないだろうという
ようなものだ。カレンダーで22日の真上には15日があり、
ショートケーキの上には苺(15)が乗っていることから。
いつものことながら誰が考え出すのやら。

記念日というものを考えてみると、大は祝祭日から小は
ローカル・プライベートに至るまでどれ程あることやら。
夫婦・親子や恋人同士にも其々に記念日はあるだろう。
11月19日は次男剛士の28歳の誕生日であった。
2年前の2010年11月17日のブログに“Happy Birthday
to you”というタイトルでバースディメッセージを書いている。
読み返してみると、ジャガーズ(硬式野球)時代のバッター
ボックスに立つ剛士の写真(凛々しい)や、4歳のピアノを
弾く写真(可愛い)と共に子育ての思い出を綴っている。

今年は忙しさにかまけてメールも送っていない。どこそこから
「金使わんのなら気ぐらい使わにゃネ〜」と批難の声が
聞こえてきそうだ。10日ほど前には京都から孫たちが
里帰りしてきた。あんなこんなで気を使う事をやりすぎて、
只今サービスは品薄となっておりますので今しばらくお待ち
ください。私たちにはいつも気を使ってもらっているのに、
一方通行は良くないネ。

改めて“良い夫婦”とは何ぞやと考えてみた。この記念日は
1988年から始まった行事で、二人の時間を大切にする日
だそうだ。母の日・父の日・敬老の日・子供の日とあるから
夫婦の日もとなったそうで、知らなかったが孫の日(10月
第3日曜日)まであるのだ。夫婦円満の為に必要なことの
第1位は「よく会話する」という結果が出ている。このことを
我が家に当てはめてみると、よく会話するほうだと思う。
只、若い頃から世間話や井戸端会議的な話になると、黙って
席を立っていた。最近では随分と丸くはなったが、会話の中で
段々喋らなくなってくるから「アァ、そろそろこの話題はヤメ
時だ」と察知して方向転換を図るようにしている。会話の中で
妻が夫に求めるものは、自分の思いや感情を理解してくれ、
その理解を示す言葉が欲しいのだ。妻に贈るべきものは、
愛情のこもった言葉であり、夫が妻へプレゼントすべきものとは、
日常生活の中での「思い遣り」なのである。

こういった議論になると、卵が先か鶏が先か、Give and takeか
テイク&ギブかとなって、「それを言うならそちらから」と
返されそうである。なので、長い時間を掛けて少しずつ矯正
していくのだ。、将棋と一緒でアーくればこう指すといった
具合で、相手は意地っ張りだからその性格を逆手にとって、
「そこまで言うのであれば意地でも直す」という言質(げんち)
を取ればこっちのもんで思う壺なのである。

夫婦とは、摩訶不思議な関係で、良くなればこれ以上の物は
ないと言う位、幸福満杯なのだが、一旦悪くなれば手の付け
ようのないくらい最悪の状態に陥る。生まれも育った環境も
違う二人が一つ屋根の下で暮らしていくのだ。何も無い方が
おかしい。家人が若い頃から言っていた。「人は別れたくなく
ても死に別れという別れがある。だから俺は生き別れはせん」と。
姉に言わせると、人相は悪い、根性は悪い、愛想は無い、よく
やっていくね〜。おっしゃることには納得ですが、私にさえ良け
れば多くを望みません。破れ鍋に綴じ蓋。これ以上の相性は
ございませんことョ。オ〜ホッホホ〜。
posted by ochiyo at 16:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年11月15日

孫台風 一部始終(No114)

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11月9日(金)の仕事を終え、私たちが自宅に戻ったのが
夜中の2時前であった。車を降りた途端に娘家族の車が
駐車場に入って来た。9月に4歳の誕生日を済ました2人の
孫たちの到着である。

里帰りを知らせていた剛士も先に帰っていて、真夜中だという
のに大騒動である。結局、4時過ぎまで孫たちもテンションが
上がりっぱなしで寝らず、再開を喜び合って飲んで食べての
大宴会となった。次の日の10日(土)だけは何も予定のない
フリーな一日で、明日はライオンズの行事で朝早く福岡に
行かなければならない。いつも時間が足らず、こちらも忙しい
環境での里帰りであるため、毎回、同じような接待しか出来ない
のが心苦しい。結局、毎度のことでお昼を剛士のお店で焼肉を
食べることに。早々に就寝。

我々とは生活パターンの違う娘家族は早起きである。朝早く
から孫たちの声が聞こえている。ジージー・バーバだけの
生活には無い騒がしさを耳にしながら、記憶を辿り自分の
子育てがどうであったかを思い出している。40年ちかく
前のことなので記憶が曖昧になっているためなのか、どうしても
自分の気持ちの中にズレがあるのだ。その違いが何であるかを
考えてみると、どうも優しさに違いがあるようだ。それに、
厳しさの質と量に違いというか差があるような気がする。

私の子育ての基本は“自分のことは自分でする(自分の身は
自分で守る)”というもので、学校に行ってる間は優しさ
よりも厳しさが勝っていたような気がする。社会生活を営む
上での身に付いていなければならない基本的なものに、挨拶を
始めとする言葉遣い、多くのマナーやルール、身の守り方、
箸の上げ下げに至るまで,挙げると際限が無いほど出てくる。
年を重ねる度にレベルは上がっていく。身に付いていなくて
困るのは子供自身だから、最初に泣かせて後で笑ってもらうを、
躾の基本と考えて敢えて厳しくするのだ。これには考え方は
百人百様であるから、多くの反対意見や少数の賛成意見が
あることも理解している。こうして育てたつもりの娘でさえ
優しさを優先した育て方をしている。優しさのなかの厳しさ
なのであろう。私は逆をいったのかもしれない。

お昼過ぎに出発。お店で長男と合流して小倉へ。焼肉を食べ
始めた頃に一段落した剛士も食事に加わる。半年ぶりの
家族勢ぞろいだ。孫たちを観察してみると色んなことが
見えてきて面白い。この二人は男女の双子で智恵(姉)
と宗治(弟)という。4歳ともなると男女の違いが出て
きているのが判る。宗治は元気が良いし言葉も幼稚園に
通い出して少し乱暴になっている。一方、智恵の方は
大人しく母親に抱っこをせがむ甘えん坊である。去年まで
はつまらない理由で喧嘩して、注意されると二人とも泣き
だすというシーンも見られたが、今度は全く無かった。
娘の話によると、最近「赤ちゃん還り」をしているそうで、
やたらと甘えるらしい。

我が家では、4歳の誕生日から子供部屋で寝かせていた。
長男は一人で寝ていたから心細かったに違いない。これが
親離れの第一歩と考えていた。これに加えてひらがな・
カタカナ・数字・アルファベットの読み書きを教えた。
少し早いと思われるかもしれないが、やってみると1週間
くらいでマスターした。娘にも「やってみたら」と薦めると
「ウチはまだまだ」と笑ってとりあわなかった。

食事を済ませて直方イオンモールのオモチャ屋へ直行だ。
今回の買い物には一捻りあって、それは宗治が欲しがって
いるオモチャがテレビの戦隊物のヒーローが使っている
武器だそうで、子供たちの間では超人気のオモチャのため
品薄らしいのだ。店頭では手に入らないため、父親が
インターネットオークションで倍くらいの金額を出して
先に買ったとのこと。この説明を受けて家人が用意して
いることに物語は決定。しかし、「店頭に現物があったら
どうするの」と問うと、「オークションに出して高く売る
から心配なく」。このあたりがアナログバーバは理解でき
ない。幸い?にも売り切れで品物はなく、智恵だけのオモチャ
を買って、半分納得のいかない顔の宗治をだまし騙し連れて
帰った。帰りの車の中のブーたれた顔と、欲しかったオモチャ
を手にした時の笑顔との落差が大きく、皆で笑ってしまった。

翌11日は朝からあいにくの雨。私は早朝より福岡へ。後で
聞くと皆で京都に持ち帰るお土産を買いに出掛けたとのこと。
思ったよりも福岡の用事が早く終え、お寿司をお土産に自宅へ。
今回も娘とはユックリ話も出来ず、孫たちとも接する時間も
なかったが、小さな体をギューっと抱きしめてやった。ハグを
あと何回できるのだろう。娘がセッセと里帰りするのが何と
なく理解できる。先を見越しているのだ。私の寿命を・・・。

親あっての里帰りであり、親孝行なのだ。長男も次男も甥たち
にお小遣いをやっていた。勿論、私たちも。二人で静けさの
戻った居間でコーヒーを飲みながら、私はバーバ冥利に尽きる
ことの幸せによっている。
posted by ochiyo at 13:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記