2012年01月21日

今日は大寒

今日(21日)は二十四節季のうちの大寒である。名前とは
裏腹に最高気温が13度もある暖かい一日であった。こんな
日は朝から布団を干し、洗濯物の片付けと家の用事を済ませ
たい日和なのだ。片や、風もなく暖かい最高の自転車日和なの
に行きたいナー、行けないなーという顔をしてハンドルを
握っている。
ただ、来週は寒気が流れ込み雪の降る寒い日が続くという
予報になっている。
今日、明日は直方イオンモールに於いて、市内・小竹町
合わせて14小学校の児童を対象とした書き初め大会の
作品展示と表彰式が、直方ライオンズクラブ主催で行われる
ため、午前9時半から自宅を出てイオンモールに向かって
いるのである。

今年で3回目を迎えるこの大会は、年々参加児童数も増え、
今回は170名を越える人数となった。この事業は青少年
健全育成の観点から「書道のまちのおがた」をキャッチフ
レーズに、当クラブが最も力を注いでいるもので、私は担当
副委員長として昨年秋の準備段階から参加させてもらっている。

この様な大きな規模の事業は、ただ会員として参加するのと
責任ある立場でこれを担当するのでは、見ると聞くとでは大違い
位の差がある。来年は私が担当委員長として全責任を負って事業
を展開しなければならないため、今回は隅から隅まで、一挙手
一投足にまで目を凝らし、最大漏らさず観察し、次期に備え
なければならない。なので夜が遅いから、朝早いのは辛いとか、
キツイなどとは言っていられないのである。

会場への道すがら車中での会話。私たちの会話のテーマは良く
言えば豊富、悪く言えば雑多な物とでも言おうか、色んな
ジャンルに及ぶのである。今日の話題は人間の“可能性”に
ついてであった。今、読んでいる本に“つまらない大人には
なるな(川北義則著)”というタイトルのものがある。
その中に“もう、まだ”という言葉を取り上げた欄があって、
自分にとって興味深いものだったので、意味をかみ砕きながら
読んだ。“もう”はあとの言葉が駄目だとかお終いだとか、
諦めの言葉に付きそうで、“まだ”は出来るとか大丈夫とか、
希望や可能性に繋がる言葉に付くものではないかと考えられる。

このことの例は「砂漠で喉が渇いた時、水筒の水が“もう”
半分しかないと考えるのか、“まだ”半分もあると考えるか
によって、その人の生き死にに関わって来る」とあるように、
ものの見方、考えかたによって大きく違った人生を送るの
ではないかというような会話をする。この“もう、まだ”を
自分たちに置き換えて考えてみると、もう70歳、まだ70歳
であるとか、自転車で坂道を登るのにもう駄目だ、まだ登れる
など、多くの例が引き出されてくる。ゴルフのことも、仕事の
ことも話題に上る。

私のゴルフときたらまずセンスがない。何年経っても上手に
ならない、球が当たらない(この件は、そうなる努力をして
いないの一言で片付けられる。また、時間と有り金をブチ込み、
女房・子供をうち捨てて、位の覚悟で臨まなければ上手に
ならんとも言われた)・・・Etc。と全く取り柄がないのだ。
しかし、これも捉え方によっては練習場で2時間休みなく、
マン振りで300球打つのである。コースではカートに乗らずに
フェアウエイを幅一杯闊歩しているのである。この元気の
良さが取り柄ではないか。仕事においても1日も休まず、
朝方何時まででも勤めることが出来る。少ない睡眠時間でも
早朝より起きて活動するのである。

それをこの歳になって働きたくないとか、キツイから眠い
からしたくないと思ったら、もうそこでこれ以上の進歩も
発展も望めないだろう。勿論、健康であることが第一条件で
あろうが、気力の充実を図り、“もう“は言わず、事に当たる
度に“まだまだ”と自分を奮い立たせ、言い聞かせながら頑張
っていきたい。

仕事が、奉仕活動が、山登りが、ウォーキングが、ゴルフが、
考えることが、会話出来ることなどが喜びであり、それらが
やれる立場や環境にいることが自分にとっての幸せであり、
生き甲斐となっているような気がする。話は尽きないうちに
車はイオンモールに着いた。そう言えば、私たちの会話の中
には“もう”が出て来ることは無かったと再認識する。
posted by ochiyo at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年01月09日

新年を迎えて思うこと

毎年のことであるが旧い年が暮れていき、新しい年を迎える時、
トキメキに似た気持ちの昂ぶりをいつも感じている。平均的な
考え方をすれば、年と共に心も体もスローになっていくので
あろうが、私の場合、置かれた立場や環境が影響するのか、
時間に早くはやくと急かされている気がしてならない。

私の日常は、優先順位の決まった事柄を順々にこなしていくこと
から成り立っている。真っ新のビジネスノートに赤と黒のボール
ペンで行事が書き込まれていく。他人様が見ると「プライベート
な時間はいつとるんですか」と言われそうなくらい、ビッシリと
用事がつまっているのである。正月休みも31〜1日だけで今月も
日曜日は全部、何らかの行事が入っていて、唯一、今日(9日)
だけがフリーの日である。朝から洗濯物を片付けてお昼を
済ませた後、気になっていたブログに久しぶりに取り掛かる
ことにした。

ストーブの上のヤカンの湯がシュンシュンと湯気をたてている
台所のテーブルが、私の執務用の机である。パソコンをセット
してさぁー何を書こうか。“孫台風”も書きかけのものが
残っているが、これは後回しにして、明けまして・・・には
日が経ち過ぎているし、6日の“小寒”か7日の七草粥?、
それとも昨日(8日)の“新春書初め大会”のことを書こうかと
悩むところである。いつものように思いついたままを書き並べて、
行間を埋めていくという作業をあーでもない、こーでもないと
ブツブツ独り言を言いながらキーを叩いている。一昔前であれば
消しゴムで書いては消しの繰り返しであろうが、その点、文明の
利器は便利に出来ている。BackSpaceは消しゴムだし、スペース
キーはドラエモンの“何でもポケット”のように次々と漢字を
出してくれる。操作を忘れた場合は、人相の悪い教師が寒い庭で
ゴルフボールを打っているので呼べばいいし、言葉が浮かば
なかったらコーヒーを飲んで休憩をとればいいのだし、と、
ここまで書いて「そうかやっぱり私には時間が足りないから
書けないんだ」と己の怠慢やセンスの無さをさておいてこんな
ことが頭に浮かんだ。

時間だけは皆に平等に振り分けられているというが、同じ時間の
長さなのに、楽しい時間はアッという間に過ぎてしまうし、辛い
時の時間はとても長く感じるのである。無駄に過ごしたり有効活
用したり、考え方の違いや差によって時間の使い方は百人百色
となる。銘々の答え合わせをしてみたら、どれも正解でどれも
間違いであるというような、たくさんの答えや使い方が出て
くることだろう。例えばボーっとしている時間は無駄であり、
必要なものだという2つの答えがあり、その人の生き方考え方
や、どちらを選択するかで答えは違ったものになるのであろう。
若い頃なら正方形とは4つの辺が同じ長さで角度は90°の
ものを言う。と決めつけてしまっただろうが、年を重ねると
菱形も台形も四角だし、角が円くてもOKなのだ。ファジーと
いうかアバウトというか、私の中の時間に関する感性は鈍
(純ではない)なのである。磨きようのない程錆びついている
のだが、都合よくこれを解釈すれば、銅に緑青がふいている
状態であるともとれるのではないか。美しい響きではありま
せんか。美しく年を取っている見本みたいなものです。

目の前で家人が宅急便で送ってきたデジタル式の体重計に電池を
いれ、セットしている。年齢・性別・身長をセットすると、体重
の他に体脂肪率や体水分率が表示される優れものだそうで、試し
に乗れという。「着ぶくれしているから数字は本当じゃない
からね」と言いつつ乗ったら、体重は表示されるのだが何度
乗っても体脂肪率はエラーが出る。「これおかしいョ乗って
みてん」と代わると、全て正常に表れた。説明書をよく読んで
みると、測定範囲を下回る、または超える数値の場合は正しく
測定出来ないとある。アスリートもそうとあるが、私はアスリ
ートではないし範囲を下回るタイプではないので、答えは
“超える”しかないではないか。

正月早々、またまた問題発生である。ど〜すりゃいいの〜さ 
し〜あぁんば〜し。私から食べる楽しみを取ったら何が残るのョ。
脂肪率のために食を落とすか、それを無視して夜中に食べるのか
それが問題だ。答えは一つしかない。とりあえず体脂肪率は
無視して、生きんがために食をとる。脂肪率の数値は名札に
書き込む訳でもなし、口外しなければ知れることもなし。
第一、私の体脂肪率に関心を持つ人がいるとも思えない。
ア〜知らねばよかった〜。
posted by ochiyo at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記